2012/11/21 (水) - ブログ

20年前の長女との思い出


長女が3歳か4歳のころ泣き続けたことがありました。嫁がお中元を選びに駅前のデパートに行くとき、自分もついていくと強硬に主張。何とか説得して、家に留めたのですが、そこから泣き始める。声を振り絞って絶叫する。2,3軒先まで聞こえる声をふりしぼって泣き叫ぶ。その声を聞きつけて同居している祖父母がやってくる。祖父は、これから母親(嫁)を追いかけて、長女を連れていくという。そのご厚意大変ありがたいことですが、ここは丁寧にお断りして、長女の両腕を軽くつかんで語りかける「今日はお母さん忙しいから、今度みんなでデパートに行こう」。それに対して、長女は先ほどにもまして、取り乱した泣き声で応える。

そして激しく泣き始めて15分くらいたったころ、今度は祖母が一人でやってきた。「子供のことやから、言うこときかんやろ」。それに対して私「じゃあ、2日も3日もぶっ通しで泣き続けると思う?」「それはないと思うけど」

しかし40分たっても一向に泣く勢いは衰えない。ただ、このころになると、こんな機会は一生に何度もない。気を紛らわせて泣き止ませるのではなく、何時間かかっても、やさしくしかし妥協せず長女のわがままを説得しようという気になっていました。さすがに長時間泣き続けると体力も消耗します。途中でしゃくりあげるような少し落ち着いた泣き方にかわる、しばらくするとまた喉を引き裂くように、声を限りに泣き始める。60分を過ぎたころ、さすがにこちらも、「叩こともなく、まったく叱ることもなく、語りかけるだけで、本当に泣き止むだろうか」と少々不安になる。ただこんな場合、力でねじ伏せると荒々しい女の子になると単純に信じていた私は、彼女の両腕をつかんでやさしく語りかける「でも今日は駄目だよ。」 80分過ぎても変化なし、泣いて泣いて泣き続ける長女。その日私は午後2時出勤、あと3時間。授業は5時からなので開始まであと6時間。ついに覚悟を決めた私は「とにかく、語りかけることだけで説得しよう。それで会社に遅れても、授業を休んでも説得を続けよう」と決意した。そんなこと知らないとばかりに泣き続ける長女。「父親としてやってあげられるのはこんなことくらいだろうな」と思いながら落ち着いて語りかける私。

 それが、泣き始めて100分くらいたった午前11時40分過ぎ、突然泣き止んだ。ストンと別の世界から抜け落ちたように落ち着いた表情になり、泣き止んだ。何事もなかったように、いつもの長女に戻った。ヘロヘロになりながらも、とにかく語りかけるだけで説得した気になった私は、少し嬉しくなった。長女と手をつないで近くの近くのお店にアイスクリームを買いに行って、手をつないだまま、二人でアイスクリームを舐めながら帰ってきた。 あれから20年余り、今日、「あのこと書いていい?」と娘にメールすると「いいよー。b」と返事があった。

 「威厳をもって、フレンドリー」「何があっても筋は通す」 わが子育ての信条は間違っていなかっただろうか。

 それでも、まあ、いまだに二人ともまったく才能は無いけど、とても仲のいい父娘にはなりました(笑)

                                                      衣笠

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